瀬尾まなほの、明日へ。

瀬尾まなほの「すっぴん」 「私なんか」が口癖だった私に、寂聴さんがくれた一言【前編】

明日へ。

「自分の芯」を大事に、毎日を前向きに生きる女性たちに専科がインタビュー。
人生のターニングポイント、自分らしさ、これからの夢について、前後編でお届けしていきます。彼女たちの生き方からは、自分らしく今を生き抜くヒントがみつかるはず。

第13回は、作家・尼僧の瀬戸内寂聴さんの秘書として、京都・嵐山にある寂庵で働く瀬尾まなほさんです。京都の大学を卒業すると同時に寂庵に就職した瀬尾さんですが、当時は寂聴さんのことをほとんど知らなかったのだそう。そんな彼女がなぜ、寂聴さんの秘書として活躍することになったのでしょうか?

前編では、紆余曲折のあった学生時代、そして寂庵で働き始めた頃のことをうかがいました。まっすぐな瀬尾さんの姿勢と、その背中を押した寂聴さんの言葉に、きっと励まされるはずです!

私の未来ってどうなるんだろう、と不安だった

春の気配を感じさせる、よく晴れた早春の京都。瀬戸内寂聴さんが開いたお寺「寂庵」を訪れた私たちを、瀬尾さんは笑顔で迎えてくれました。

「今は蝋梅ろうばいと紅梅という2色の梅が見ごろの時期。もう少しすると、桜がきれいに咲くんですよ」

庭を歩きながら草木を説明してくれる瀬尾さん。彼女が寂庵で働き始めてから、今年で8年目です。背筋をすっと伸ばし、親しみやすい物腰で話すその姿には、「瀬戸内寂聴さんの秘書」という大役を長年勤め続ける経験が滲みます。しかし、寂庵に入った当時は瀬戸内寂聴さんのことをほとんど知らなかったのだそう。

「なんとなく尼さんだとは知っていましたが、京都にお寺があることも、作家として本をたくさん書いていることも知りませんでした。『瀬戸内寂聴』と口に出したことは、それまで1度もなかったくらいです(笑)

寂庵で働き始める直前。大学の卒業を迎えた当日、瀬尾さんと瀬戸内寂聴さんと寂庵にて

そんな瀬尾さんは、どんな学生時代を送っていたのでしょう? 瀬尾さんの著書『おちゃめに100歳! 寂聴さん』には、寂庵に入るまでの日々が綴られています。友人関係にうまくいかなかった中学時代をきっかけに世界へと目を向け、留学のできる高校へ進学。1年間、カナダへ留学します。

「多感な時期に親元を離れてホームステイをしたことは貴重な経験でした。ホームステイ先では世界中の友達ができたし、日本の高校でもクラス替えがなかったので、みんなと仲良くなることができましたね」

その経験を生かし、大学でも外国語を専攻。しかし、瀬尾さんは「大学時代には後悔も多い」と続けます。

「留学の夢を高校で叶えてしまったので、目標を見失っていました。バイトしたり、恋愛したりと当時は忙しかったけど、振り返った時に力になったと感じる経験をあまりしなかったんです。そんな状態で就活を迎えたので、自分は何がしたいのかわからず、面接でもうまくアピールできませんでした。私の未来ってどうなるんだろう、という思いで、すごく不安でしたね」

「あなただから声をかけたんだよ」。寂庵を紹介してくれた友人の言葉

焦りの中、卒業の日は刻一刻と迫ってきます。そんな時、声をかけてくれたのが高校時代の友人でした。

「お茶屋さんでアルバイトをしていた友達なのですが、瀬戸内がそのお店の常連だったそうです。『寂聴先生がスタッフを募集しているから、受けてみない?』と声をかけてくれたんです。だけど私は瀬戸内寂聴って聞いてもぴんとこなかったので、いったん母に伝えてみたらものすごく驚いていて。よくわからないけど、すごいことみたいだからここに賭けてみよう、って思いました」

そうして迎えた面接当日。緊張する瀬尾さんを、寂聴さんは温かく迎えてくれました。

「『あなたと食べようと思って取っておいたのよ』と、高級なチョコレートを出してもてなしてくれました。今思えばリップサービスかもしれませんけど(笑)、瀬戸内はそんな風に相手を喜ばせる一言がすぐに言える人。私もとても嬉しかったし、それで緊張が解けて、ここで働きたいって強く思いました

楽しく雑談をしただけだったそうですが、とんとん拍子に話は進み、その場で寂庵への採用が決まります。聞けば、寂聴さんは「自分のファンの文学少女は料理も掃除もできないから、秘書にはしない」と考えていたのだとか。寂聴さんが作家であることも知らず、著書をまったく読んだこともないことが逆に買われて採用されたのですから、なんでもやってみないとわからないものです。瀬尾さんも「本を読んでなくて良かったと思いました」と笑いながら話します。

採用が決まったことを知らせると、周りの人はみんな驚き、お祝いしてくれたそう。寂庵を紹介してくれた友人も、とても喜んでくれました。

「その子とは今でも仲が良いんですが、最近彼女が、他の友人に『あなたが寂庵に行っていれば良かったのにね』と言われていると聞いたんです。もしかして嫌な思いをしていないかな? と心配したのですが、彼女は『私が秘書になってもまなほみたいにはなれなかったし、私はまなほだから声をかけたんだよ』と言ってくれました。明るくて、人の懐に飛び込める私の性格を、高校時代の3年間でよく見ていてくれたのかな」

写真:秋月 武

自分を粗末にしていたことを、怒ってくれる人がいた

そうして寂庵での日々がはじまりました。50,60代のベテランのスタッフと寂聴さんだけの寂庵に、突如やってきた20代の瀬尾さん。その頃寂聴さんに言われた、忘れられない言葉があると話してくれました。

「瀬戸内は寂庵を訪れた人たちに私のことを『可愛いでしょ』『賢い子なんだよ』と紹介してくれました。でも、私は就活に失敗したことで自信をなくしていて、謙虚でも謙遜でもなく『私なんか……』といつも言っていました。ですがある日、瀬戸内が『まなほ、私なんか、って言う子は寂庵にはいりません。私って存在は世の中に一人だけなんだから、その自分を愛さなきゃ駄目よ』と叱ってくれたんです

いつも優しかった寂聴さんからのお叱り。でも、怖かったと同時にうれしかったのだと瀬尾さんは振り返ります。

自分を粗末にしたら、誰かが怒ってくれる。それがすごくうれしかったです。以来、『私なんか』と言うのをやめて、少しずつ自信を取り戻していきました

人間は、いつでも自分に革命を起こせる

そうして瀬尾さんは優しく、時に厳しく叱られながら成長していきます。2年が経ち仕事にも慣れてきた頃、寂庵に大事件が起こりました。通称「春の革命」です。

何十年も働いていたベテランスタッフの皆さんが、90歳を超えた寂聴さん一人でスタッフ全員を養ってくれている負担を申し訳なく思い、いっせいに辞めることを決意したのでした。

「まだ入ったばかりの私が、一人で瀬戸内の秘書をすることになる。最初はものすごいプレッシャーで、怖くて逃げ出したくなりました。でも、私ができませんと言ったら、スタッフの皆さんや瀬戸内の決意を壊してしまう。私が成長する時なのかもしれないと思って、覚悟を決めました

それまではどちらかというといい加減で、重い責任を背負うことを避けていたタイプだったという瀬尾さん。秘書として仕事をする上での意識が、この時大きく変わりました。

「瀬戸内寂聴の秘書が25歳の女の子で、何かミスをすれば『若いからしょうがない』『若いから駄目だ』と言われるでしょう。それは絶対に嫌でした。ベテランの方のように振る舞えるわけじゃないけど、『若いけどしっかりしているね』って言ってもらいたかったし、何より瀬戸内の名を汚したくないと思っていましたね」

寂庵に訪れた「春の革命」。それは、瀬尾さんにとっても革命のようなできごとでした。

瀬戸内は、人間はいつでも自分を変えることができる、革命を起こせるって話しています。生活のちょっとしたことを変えるのだってそう。90歳でベテランスタッフと離れる決断をした瀬戸内のように、人はずっと変わり続けないといけないと思うんです

「世界に一人だけの自分を愛さなくちゃ」「いつでも自分に革命を起こせる」——そんな寂聴さんの言葉に導かれ、進み続けてきた瀬尾さん。自信を失うこともあるけれど、いざという時には覚悟を決めて行動することで、瀬尾さんはここまで秘書を務めてこられたのでしょう。

「誰でも、経験していないことは怖いですよね。だけど、バンジージャンプだってやってみたら『こんなもんか』って思えるかもしれない。経験が人を強くするから、まずは何でも挑戦してみると良いと思います」

——後編では、寂聴さん唯一の秘書として覚悟を決めてからの日々や、これからのことをうかがいます。

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