西加奈子の、明日へ。

超保守的な生き方を、小説がポイした【前編】

明日へ。

「自分の芯」を大事に、毎日を前向きに生きる女性たちに専科がインタビュー。
人生のターニングポイント、自分らしさ、これからの夢について、前後編でお届けしていきます。
彼女たちの生き方からは、自分らしく今を生き抜くヒントがみつかるはず。

第3回は、作家の西加奈子さん。今をときめく人気作家でありながら、キュートな関西弁とどんな共演者ともすぐに打ち解けてしまう人柄に、あんな女性になりたいと憧れる人も多いはず。しかし、そんな西さんも自分自身を認めるまでには肩の力が入っていた時期もあったそうです。前編では、 “好き”を原動力にして変わっていった西さんの考え方の変遷を追います。

私が書きたいのは小説なのかもしれない

撮影/八田政玄

イランに生まれ、小学生までエジプトで過ごしたのち大阪へ。26歳のとき小説の原稿とともに身一つで上京し、その1年後には作家デビュー。破天荒でユーモアあふれるエッセイや、力強い優しさに満ちた小説が多くの読者から愛され、2015年に直木賞を受賞……。そんなドラマティックかつ華麗な経歴は、まさに才能あふれる作家そのもの。しかし、西さん自身の自己評価は、意外にも「超保守的な人間」なのだとか。

「小説に惹かれるようになったのは、高校生の時に読んだトニ・モリスンの『青い眼が欲しい』にビビビッときたのがきっかけ。『小説ってこんなすごいんや』ってなって、びっくりしたんですよね。でも、その衝撃がすごすぎて、『作家ってめちゃかしこい、選ばれし者がなるもんや!』って信じ込んでしまったんです。私はできればずっと居心地のいいとこにいたいし、仲の良い友だちと一緒にいるのが一番っていう人間。そんな保守的で真面目で、普通な自分が作家になれるはずないわって思ってたんですよ」

西さんが文章に魅せられるきっかけとなった、トニ・モリスンの『青い眼が欲しい』。

しかし文章を書くことへのあこがれは温め続け、大学卒業後、雑誌ライターのアルバイトを始めます。さぞ重宝されたことと思いきや――西さんは当時の自分のことを「ほんまにできないライターやった!」と振り返ります。

「ライターって嘘は書けないじゃない? 例えばこのインタビューで、今あなたが私の髪型を見て、『西さんの髪型アシンメトリーやけど、カットの途中で美容師さん死んだんかな』とか思ったとしても、ほんでそれがおもろかったとしても、そういう想像とか妄想って書いたらあかんでしょう? 相手が言ったことを書かないといけない、思ったことをそのまま書けないのが私にとってすごく苦しかったんですよね。だから全然ダメでした(笑)」

しかし、当時ライターとして器用に立ち振る舞えなかったことが、結果として小説家への道を拓くことに。

編集の人に『割り振りを間違えてページが余ったから、そこになんか書いてみて』って好きに書かせてもらえたことがあったんです。そしたら、それがすっごい楽しかった。その流れで小説を書いてみたら、『何これ、こんなにおもろいの!?』ってなってハマった感じです」

不器用に“好き”を貫いていくなかで周囲の人の言葉に背中を押され、小説を執筆し始めた西さん。その後、いくつかの習作を経て、デビュー作『あおい』が生まれます。

26歳、親に嘘ついて東京来ちゃった

『あおい』を書き上げた西さんは、「この作品は他のと違う!」という強い想いに突き動かされて上京を決意。なんと両親には「東京で就職決まった」と嘘をついての、捨て身の上京だったとか。その裏には、“普通な自分へのひけめ”のようなものがチラついていたようです。

「大阪には友達たくさんいるし、街も狭くてどこかしらで誰かと会えるから全然寂しくないんですよね。だから『こんな優しい場所にいたら小説なんて書けない』って勝手に思って、誰もいない寂しいところで、テレビや下界とのつながりを絶って頑張らないと、と東京に出てきたんです。今思ったら小説家のイメージどないやねんって感じですけど(笑)」

そうして始まった念願の小説第一の生活はというと……「めっちゃ後悔した!」。

「知ってる人は誰もいないし、アパートは駅から歩いて30分以上かかる農道のど真ん中だし、ボロボロだったから全部で8部屋あるのに2人しか住んでへんし、唯一住んでた下の階の男の子はずーーっと大音量でエミネムかけてるんですよ! 辛かったなあ……。しかも、親にも嘘ついて出てきてるから帰られへんし。『毎日楽しいよ』としか連絡出来なかったんです」

26歳。今思えば少々無謀とも思える挑戦でしたが、その結果西さんは見事デビューを果たします。

「当時は26歳って何かを始めるには遅いと思ってたけど、東京のアルバイト雑誌見たら30歳まで募集してるところが結構あったんです。じゃあ30歳までやったら挑戦してもいいんじゃないかって。実際バイト行ったらみんな自分より年下で、正直『うわー』って思いましたけど、今思えば26歳なんか生まれたてみたいなもんやん(笑)。なんでもできますよー。今になったらね、当時は思えなかったけど。でも、ほんま挑戦して良かった。失敗してもね、私は絶対後悔してないと思う」

「小説が好き」という純粋な気持ちに突き動かされるようにして起こした行動が、夢へと続く一歩に――。年齢も性格も言い訳にさせない、“好き”の原動力の強さを改めて思い知ります。

一回ボコボコにしてくれって生き方のほうがラク

その後の西さんの活躍は誰もが知るとおり。作家として順調にキャリアを重ねていきます。しかし、デビュー当初は著書を見せる際に、どこか逃げ道を用意してしまう自分がいたそうです。

「若い頃って恥かきたくないじゃないですか。だから作品を見せるときも『つまらないものですが……』っとか言いながら渡しちゃったり。で、もし『つまらん!』って言われたら『知ってますから!!』みたいな(笑)。自分を守れるように振る舞ってしまうことがありました。でも、逃げたり言い訳しても傷は絶対ついてるんですよ。傷付かなかったフリをしてると、ジュクジュク膿んできて跡が残って……結果、より苦しい未来になってしまうと思ったんです。」

言い訳をせずに、自分のダメなところにもまっすぐと向き合う。なかなか真似をするのが難しい、強い生き方に感じます。しかし「その生き方を選んだ方がラクやったんですよ」と、西さんは言います。

「確かに、言い訳しないで『私のせいです! ボカーン!』って責任を引き受けるのはしんどい。でも1回ボコボコにされたほうがすっきりしてラクやんって気づいたんですよね。自分に嘘をついていないから、溜まるものがない、めっちゃかっこいい言い方をすると“便秘のない状態”(笑)。立ち直られへんくらい落ち込むときもあるけど、その落ち込みって絶対に立ち直れるんですよね。……でもなあ、言い訳しちゃう時もあるよなあ(笑)。そんな時は、せこいけど翌日『ごめん、あれは言い訳でした』って言うようにしてる。そういう正直さを持つようになりました」

自分に格好をつけなくなったことで生まれた潔さは、作品にも現れてきます。

「昔はエッセイを書くときに、絶対ハプニングがないとお見せできないとか、味付けしないとお出しできないと思ってたけど、最近は何もなかった日のことも書けるようになってきました。いい意味でサービス精神がなくなってきたというか、自信がついたというか。小説でも、何かスペシャルなことが起きて人生が変わるんじゃなくて、誰にでも起こることで人生が変わっていくっていうのを書きたいと思っています」

そうして作家として成長し、自分の小説を好きになっていくことで、いつしかかつて抱えていた“普通であることのひけめ”からも解き放たれていったそう。

「小説書いているときってやっぱりしんどいんですが、自分が何を思っていたかがクリアになったり、思いもよらないきらめきの発見があったり、この言葉キター!っていう瞬間だったり、……しんどいの全部凌駕しちゃうような何かがあるんですよね。それさえ書けてたら、私がどんだけ普通やろうが普通じゃなかろうがどっちでもええやんって思えたんですよ」

“好き”を信じることで、ときにやっかいな自意識を乗り越え、言い訳せずに前へ進む。その柔軟さと真っ直ぐさは私達が憧れる「かっこいい大人」そのもの。格好をつけていない純粋な西さんから紡ぎ出される言葉だからこそ、その作品は多くの人の心を動すに違いありません。

――後編では西さんが目指す憧れの人物像や自分らしく肩の力を抜いて生きていくためのヒントについてうかがいます。

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